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コラム 「きっかけは十人十色!迷えるあなたに贈る地域おこし協力隊になった理由とは..」

  • 2022年3月7日

協力隊になったきっかけは十人十色。今の日常から抜け出したくて移住を決意した人もいれば、自然やアクティビティが好きで移住した人、スキルを生かしたくて移住した人などさまざま。現役隊員や、協力隊OGOBのインタビューから、協力隊になろうと意識したきっかけをピックアップ!なかなか一歩を踏み出せない人、なんとなく田舎暮らしに憧れている人にとって、先輩たちの発言はきっと背中を押してくれること間違いなし!

地域おこし協力隊とは…

1〜3年の一定期間、地方への定住を目的に都市部の人材が隊員として地方に移り住み、地域の問題解決や発展のための活動を行います。募集する人材やミッションは各自治体によってさまざま。

地方で働いてみたい方や、田舎暮らしに興味のある方にとっては一定の報酬・待遇を受けながら、夢の実現に向けた準備ができるので、近年人気が高まっています。

高知県における地域おこし協力隊…

高知県は、人口10万人当たりの隊員数が都道府県別ランキングで第1位。全国的に見ても、活用が進んでいる地域です。(令和4年2月1日時点で、210名の隊員が県内で活動中!)

ミッションも各市町村によってさまざま。特産品プロデュースや観光資源の発掘、農林漁業や伝統技術の継承といった文化に由来するものまで、多岐に渡っています。受入体制が充実していることなどが、全国と比べて受入数が多い理由のひとつにあげられます。

「名無しの権兵衛を卒業したかった」!?

高知県を流れる仁淀川の上流域に位置する仁淀川町。高知県と愛媛県の県境に位置する自然豊かな里山の町に、小原紀子さんは暮らしています。小原さんが仁淀川町に住むようになったのは、2014年10月に地域おこし協力隊に着任してから。そのきっかけを聞くと、東京の暮らしに不安を覚えたからだといいます。

「私はもともと北海道出身です。東京の出版関係の会社で仕事をしていたんですが、住んでいた世田谷区には一人も知り合いがいなくて…。誰も自分のことを知らない環境は楽な反面、一生このままではよくないと思い、ガラっと生活を変えたくて移住を決めました」と振り返ります。

移住を考えたきっかけのひとつに、東京で経験した東日本大震災があったそう。大きな災害があっても周りに知り合いがいなくて頼るところも、居場所もない。そんな「名無しの権兵衛」から、「小原紀子」という自分の輪郭をはっきりさせたい気持ちが強くなり、小原さんは東京を出る決意をしました。

2021年で仁淀川町に来て7年目。「最近は、移住してきた頃に感じていた『頑張らなくちゃ!』といった肩の力は抜けて、自然体での暮らしができるようになっています」と小原さん。地元の人と一緒に過ごす時間が増えて、次第に責任のある地区の区長も任せてもらえるようになったそうです。

「みんなから信頼してもらっているのかな?」とはにかむ表情に、仁淀川町での穏やかな暮らしがにじみ出ていました。

小原紀子さんのインタビュー記事はこちらから

「川沿いの移住は、もはや宿命!?」

着任の3年ほど前に高知を旅行中、初めて仁淀川を目にした時「私はここで生まれたんじゃないか!!」というほど運命を感じちゃって、この川沿いに住みたいなと。ただ、いきなり一人で田舎暮らしというのもさすがに不安で……。そう語るのは、2019年に神奈川県から高知県越知町に移住して、地域おこし協力隊に着任した原賀鮎子さん。まずは試しにと、ふるさとワーキングホリデーの制度を使い、農作業のお手伝いをしに来たのが越知町の農園だったんです。ここの方が本当によくしてくださったのと、役場の移住相談員や協力隊の卒業生の方とも交流してご縁ができたのとで、同じ年にもう一度同じ農園でアルバイトをしながら3週間滞在して。その約半年後に、協力隊に応募しました。

周りからは「何だかいつも楽しそうだね」と言われるんですが、それも全部「人」のおかげだなと思ってます。地域のみなさんは何かと声をかけてサポートしてくれる反面、立ち入りすぎないというか、程よい距離感で。隊員同士も仲が良くて、役場の方々に相談しやすいのも有難いです。

原賀鮎子さんのインタビュー記事はこちらから

「40歳超えて、未経験の林業にチャレンジ!」

元々会社員なので山のことはアウトドア程度の知識しかないし、チェーンソーも刈払機も持ったことはなくて。思わぬ方向に木が倒れてくるなど、ヒヤリハットは毎日です…。そう語るのは2021年4月に高知県三原村の地域おこし協力隊に着任した岩坪拓雄さん。たまたま旅行で高知を訪れたのをきっかけに移住を決意。息子の高校入学と入寮を待って単身で三原村に来るまで3年を経て移住。移住するまでは、移住相談会やこうちフォレストスクール(※1)などの林業体験に参加したり、収入の足しにしようと狩猟免許をとったり、あれこれ準備してきました。

40歳超えたおっさんが、未経験で林業始めたいなんて普通に考えたら使いにくいのに、よく受け入れてくれたなと思います。そこは自分でも自覚してるので、早く使い物になれるよう頑張ってます。

(※1)高知県の実施する林業の仕事を知り、直接林業で働く先輩と交流できる体験プログラム
http://www.kochi-forest.com/

岩坪拓雄さんのインタビュー記事はこちらから

「大企業のコンサルタントとしてバリバリ働く傍らで、どうしても忘れられなかったのは『山の魅力』だった」

都内のコンサルティング会社で一年ぐらい働いた時点で、何か違う、会社員以外の働き方もあるだろうと、あれこれ考えた人生の選択肢のひとつとして協力隊が浮かんで。温かいところで山に関わるミッションで調べて、たまたまヒットしたのが大川村でした。ちなみに、運動は全然好きじゃないです。そう語るのは、2018年に高知県大川村の地域おこし協力隊に着任した竹友大騎さん。

最初の半年ぐらいは、困ったことばっかりでしたね。コミュニケーションもうまく取れなくて、正直、全然進んでいる気がしなかったです。ただありがたいことに、村の先輩移住者の方々に悩みを聞いてもらいながら、役割をどんどん自分で作り出してみたり、山岳観光やキャンプの研修に参加して経験を積んだりして、徐々にやりたいことを仕事として回していけるようになってきた感じです。

高知に来て、新鮮な塩タタキを食べるようになってからカツオにハマりました。お酒も好きですし、村には2、30代の人も意外と多いので、週に1、2度は誰かの家で飲み会をするのも楽しいです。

今後は、お世話になっている「ふるさとむら公社」でプロジェクトリーダーを務めながら、ツアーや山岳のガイドとして独立するのが理想です。

竹友大騎さんのインタビュー記事はこちらから

「思い立ってから約1カ月でスピード移住」

2018年5月に東京から高知県越知町に移住して、地域おこし協力隊に着任した清田健二朗さん。思い立ってすぐに移住を決行。その決め手は何だったのでしょうか。

大学を出てからずっと東京のIT企業で働いていたんですが、一日中パソコンと向き合ってストレスフルな毎日でした。業界ではブラックではない方だったと思いますが、30歳を前にしてこんなにも時間がパッと過ぎてしまうなら、この先はもっと早いんだろう……と。そこで心機一転、新しいことにチャレンジしたくなって。

子どもの頃からものづくりは好きだったな、と一次産業が頭に浮かびました。でも趣味の釣りは仕事にしたくないから漁業はナシ、林業も何か違う、じゃあ農業?と。 そこで就農の一手段として協力隊制度を初めて知ったんですけど、自分の条件である ①暖かい ②海に近い(釣りがしたい) ③対象作物が指定されていない(地域を知りながら、ゆとりを持って農業全般を学びたい) に合ったのが越知町だったんです。

一年目は主に研修を受けて、今年は地元の農家さんたちに教えてもらいながら、自分でスイカ、トウモロコシ、ピーマンなどを試行錯誤しながら育てています。そして何より、ストレスフリーなのが良いんです。基本的には一人なので、イヤホンつけて音楽聞いたり映画流したりしながら作業してます。外の音が聞こえてないせいで、時々「オーイ!」と知らせるため、見えるところに石が飛んできます、ただ声かけられても気づかないから(笑)

清田健二朗さんのインタビュー記事はこちらから

「好きな場所で“複業”しながら、しなやかに生きる!」

四万十川とその支流の黒尊川が合流する四万十市西土佐の口屋内(くちやない)地区。その小さな集落に移住してきたのは、高濱望さん。

住を考えたきっかけは、会社を辞め、プライベートでは離婚があり、広島に住む理由がなくなってしまったから。ちょうど取得したセラピストの資格があれば「どこでもやっていける!」と考え、前向きに移住する地域を検討し始めました。

地域おこし協力隊の募集数が多い高知のなかでも、フリーミッションのエリアを選んで四万十市へ。「黒尊川流域を見たときに、そのきれいな景色に一目ぼれしました」と高濱さんは振り返ります。地域に馴染み、この地域の人たちと親しくなることと並行しながら、ゲストハウスができる家を探しました。あるとき地元の方が関東へ引っ越すことが決まり、空き家を借りられることに。これが移住してからの転機となります。

「移住っていいですよ。自分が選んだ環境で、自分が好きで関わりたい人が増えていくのは最高です。会社員のときは家と会社の往復でしたから。私は四万十市でゲストハウスをすることは決めていたので、家が決まった時点で協力隊を卒業。それから家をリノベーションし、ゲストハウスを開業しました」と当時を振り返ります。

「ここは日常のなかに自然があって贅沢な環境なんです。例えば、夜、車で帰ってきて、ふと見上げた星空がきれいで癒されることがしょっちゅうあります。それから、アウトドアとか自然の遊びをわざわざしなくても、黒尊川まで行けばホタルが見られるんです。都会では考えられませんよね」

高濱望さんのインタビュー記事はこちらから

こうやってみても、移住のきっかけは十人十色。それぞれが、今の生活を見つめ直し、よりよい方向へ向かっていこうと考えた結果、協力隊という道にたどり着いています。一歩を踏み出したあとは、流れに身を任せて先輩協力隊員のように地域の中でのびのび生きていければきっと大丈夫。高知県の手厚いサポートに身を任せて、あなたも協力隊にチャレンジしてみては?

■協力隊になりたいを叶えるメディア
『高知家でまちゆうき』